2022年1月30日日曜日

SNSとの関わり方。「情報発信≠目的」という認識が大切

スマホは非常に便利な反面、SNS依存を生み出す諸刃の剣

以前から問題意識を抱いているSNS。

そのことについては折に触れ投稿してきたのですが、今回も改めて思うことがあったので書き ました。それは何かというと、SNSをやっていると「情報発信=目的」になってしまうという弊害についてです。

言い方を変えると、「手段が目的になってしまう」ということ。SNSはあくまで情報発信ツールのはずです。自分の考えや身の回りの出来事を他人と共有したり、芸術家や企業が自分の作品や商品を周知したりと、プライベートやビジネス上でツールとして使われます。

ちゃんと目的が明確にあり、ツールとして割り切って使えているのであれば問題はないと思いますが、そうではない場合が往々にしてあるのではないでしょうか。それはSNS特有の人の承認欲求や他者比較の心理を刺激する特性によるものです。

それにより、しばしば人はSNSというバーチャルなプラットフォーム上で、いいね!・シェア・フォローというリアクションに反応し、その数が多ければ多い程、目立ち、評価され、賞賛されていると錯覚し、次第にその数を追い求める様になります。

その結果、初めは自分が周りに伝えたい情報があり、それを発信する手段としてSNSを使っていたのが、いつの間にか発信することで周囲の評価を得たいという気持ちが強くなり、発信するための情報を集める様になっていきます。「情報ありきの発信」ではなく、「発信ありきの情報」を求めるという本末転倒な状態になってしまいます。

英語学習で例えるならば、外国人と英語を使って楽しく会話したいという目的があって英語学習するのではく、英語というコミュニケーション手段が目的になってしまっている状態。手段が目的になってしまうとそれ自体が苦行になってしまいます。ですが、それに気づかずに続けてしまう人は多い様に思います。

そして何より、情報発信が目的になってしまうと、情報そのものの質が急激に劣化します。それはなぜかと言うと、発信するためにかき集められた情報については、中身をよく精査せず、自分の中でしっかり咀嚼することなく吐き出してしまうからです。

本来、情報発信というものは、自分が誰かに伝えたい事柄があって始めて機能します。自分自身、日々仕事でSNSに触れる中で、多くの人にリーチするために絶え間なく何かを発信しなければならないという焦りを感じ、中身の薄い情報を出してしまうこともあります。

それは自分にとっても情報を受け取る側にとってもデメリットしかありません。ただでさえジャンク情報が多いSNS上に自分もジャンク情報を投げ込み続けるのは、一過性の評価は得られるかもしれませんが長期的な信用には繋がらないでしょう。いっそのこと何も発信しない方がマシかもしれません。

そういったこともあり、自分自身、情報発信のペースややり方を見直さなければならないと思い、最近はかなりSNSと距離を置いています。発信することや評価されることに囚われることを止め、まずは自身の生活や活動の中で得られる情報をしっかり咀嚼することに集中する様にしていきたいと思っています

そうしてようやく、情報が自分の中に落とし込まれ、自分の言葉となり自然な形で情報を伝えられる様になるのではないでしょうか。それはやっぱりSNSかもしれませんし、書籍という形、または展示という形かもしれません。自分自身にあった情報発信の型を見つけることが大切だと思います。

そのために一度、情報の出口を閉ざすことが必要なのかもしれないと思った次第です。